ACQUA omoesando(アクア オモテサンドウ)太一朗さん

HOMEREPORTINTERVIEW>太一朗さん
  1. 【はじめに】2008.6.30更新
  2. 【その1 表参道店オープン・その覚悟】2008.7.24更新
  3. 【その2 心境の変化】2008.8.10更新
  4. 【その3 これから】2008.9.4更新

【はじめに】

たいち(太一朗さん)と初めてお仕事をさせてもらったとき
クレジットは「たいちろう」だった。
デビューしたてのたいちは
とっても元気な男の子で(失礼。でも「男の子」って感じだった)
ちはるさんをはじめ、お姉さんな先輩たちによく怒られていて
編集さんたちにとっても、弟みたいな存在だったんです。
人を喜ばせるのがとっても好きな人というイメージだった。
打ち合わせにいくと、オリオンビール1缶とか
おつまみひと袋とか、謎なお土産をよくもらった記憶があります。

お祭り騒ぎが大好きなたいちが、
ある日ちょっとまじめな顔をして
「ゆみさん、相談があるんですけど」ときたときは
ちょっとドキっとしたんだけど
相談の内容は
「これからなんですけど、仕事での名前を
『たいちろう』でいくか本名の『太一朗』でいくか
迷ってるんです」ってことだった。
「うーん別にどっちでもいいけど
たいちさー、これから大人になってさ
万が一出世しちゃったりしてさ、偉くなったらさ
『たいちろう』だとさ、ちょっと弱そうだしバカっぽいからさ
今のうちに『太一朗』にしといたほうがいいんじゃない?」
とか、なんかそんな感じで答えたような気がする。
そうそう。
「ははは。そうですねー。万が一、偉くなっちゃったりして(笑)」
なんて言っていたのにさ
いや、マジで偉い人になっちゃったのですよ。

今までしょっちゅう飲みに行っていたたいちが
最近つきあいが悪くなったよねーとか
いろんな美容師さんと話していたら
なんと、アクアの表参道店をまかされてお店を出すことになったので
その準備で奔走していたんだという。
そんな時期、表参道の交差点で、たいちにばったり会った。
そのとき見た彼はもう、お姉さんたちによく叱られていた
やんちゃな男の子なんかじゃ全然なくて
ひとつのサロンをまかされ、スタッフを率いてく覚悟を決めた
立派な大人の社会人の顔だった。
「男子、三日見ざれば・・・」なんていうけれど
男の人ってすごいなーと思った瞬間だった。

オープンの日
私はたいちに、私の大好きな文章を書いて送った。

田坂広志 「風の便り」 第183便 「頂上をめざす友」

若き日に、登山をしていました。

ある夏の日、友人と計画を立て、
ある山の頂をめざし、
互いに別の山道から登ることにしました。
暑い夏の日差しの中、蝉の声を聞きながら、
足場の悪い山道を登り始めると、
まもなく、全身から汗が流れ始めます。
その暑さの中、重い荷物を背負い、
一歩一歩、足を踏みしめながら、
急な山道を登っていきました。

ときおり、荷物を降ろして休み、
汗をぬぐいながら森の彼方を眺めると、
別な山道を登ってくる友人の姿が
心に浮かんできます。
彼も、いま、この厳しい山道を
重い荷物を背負って、登ってくる。
その友人の姿が心に浮かぶと、
また、登り始める力が湧いてくるのでした。

その日の夕方近く、
少し早く山頂に辿り着いた自分が休んでいると、
遠くの稜線に、別の山道を登ってきた友人の姿が、現れました。
その山頂で、二人で眺めた夕日が、
いまも、心に残っています。

そして、なぜか、
その遠い夏の日の想い出は、
いま、仕事の世界を歩んでいる
友人たちの姿と重なるのです。

若き日に、理想や志を語り合った友人たち。
彼らも、いま、
若き日に見上げた山の頂をめざし、登り続けている。
その数十年の歳月をかけた登山において、
我々の心を支えてくれるのは、
ただ一つの言葉。

いつか頂上で再会

翌日、たいちからメールがきた

ゆみさんへ

この度は表参道オープンに、素敵なお花と鯛焼き、
そしてなにより、とても思いやりのこもった
尊いお手紙をありがとうございます。
一緒に夢や志を語り合える
ゆみさんに出会えて本当によかったです。
今はまだ頼りない僕ですが
いつかきっと男として頂に立ちますので、
ほんとアホなんですがこれからもよろしくお願いします。

「いつか頂上で再会」

私は今でもこのときに、たいちからもらったメールを大事に保存している。

そしてこのメールから1年たったとき、たいちに
インタビューしたのです。

アクア表参道が始動して、ちょうど1年がたっていました。

(インタビューは2007年10月に行われました。アップまでに果てしない時間がかかってしまいたいち、本当にごめんなさい)

【その1 表参道店オープン・その覚悟】

増田
たいち、なんか久しぶりだね。

太一朗
本当ですね。お元気でした?

増田
うん。元気だよー。
たいちこそ、お店忙しそうだね。
もう1年だっけ?

太一朗
そうですよー。もう1年です。
早いですよね。

増田
そうだよねー。あれから1年か……。
なんか今さら聞くのもアレなんだけど
この店舗をたいちがやるようになった経緯って
どんな感じだったの?

太一朗
当初、このお店は
まだ何のコンセプトも決まっていない状態で
店長は誰がやるかってことも全然決まってない状態だったんですよ。

増田
そこで、たいちが立候補したんだ。

太一朗
そうです。
もちろん、アクアで働いている中で
「いつか店長になるんだ!」とは思っていましたし
ある程度イメージもしていたんですけれど。
やっぱりまだまだ他の人たちに比べて自分は若かったし、
すごく迷うところもあったんです。
最後のひとおししてくれたのは
僕が尊敬する先輩だったんですよね。
「お前、ここでいっとかなきゃ!」って。
そう言われて、決心がつきました。

でも「僕、やります!」って言った後は
言ったはいいけれど、はじめての管理職で
本当にとまどうことばっかりでした。

増田
具体的には?

太一朗
本当に当たり前のことなんですけれど
ボールペン1本、ロッド1本決めるの、
全ての責任者が僕なんですよね。
椅子の色もそうだし、内装もそうだし。
今、できあがっているものではなくて
これから作り上げていくものばかり。
それを全て決めていくということ。
もう必死でした。

10月1日にオープンするって決まっていて
僕が最終的に店長をやりなさいって言われたとき
もう、1ヶ月半しかなかったんです。

増田
あの当時、ものすっごく忙しそうだったよね。
表参道の駅前で会ったとき
顔がぐったりしていたもん。

太一朗
そうでしたよねー。
オープンにあたって、まずは人を決めなきゃいけない。
そこからだったんです。
スタイリスト4人、アシスタント6人というのは決まっていたので
そのメンバーを決めるということが最初でした。

増田
スタッフはどうやって決めたの?

太一朗
僕が店長でやるって決まってからは、
もう毎晩、「表参道店にいきたい」という人たちが
僕のところに言いにきてくれたんですよね。
そのころは2週間くらい、毎晩毎晩面接ですよ。
去年の手帳が残っているんですけど
もう本当に毎日面接でした。

増田
正直なところ、
「僕にはまだ早いかも?」って気持ちはあった?

太一朗
うーん。そうですね
半分半分だったかも。
まだ早いような気もするし、
もうそろそろ時期かもしれないとか。

若いころ想像するじゃないですか
自分が30歳になったら、きっとすごく大人になってるんだろうなーって。
でも、いつまでたっても想像していた30歳にはならないんですよね(笑)。
自分の30歳って、
「ああ、思ったより大人じゃなかった」って思うじゃないですか。
それと同じで、きっと
40歳になっても50歳になっても
その気持ちはあるだろうから、
だったら今、いこう! って感じで。

増田
私、すごく好きな話があってさ
昔、サッカーのJリーグができたときにね
それを推進した人の、Jリーグ発足のときの挨拶なんだけど
「Jリーグを作るって言ったとき、誰もが時期尚早だって言ったけど
『時期尚早』って言う人は結局10年後も20年後も『時期尚早』だって言う」って。
「だからこそ、勇気をもって『始める』ことが大事なんだ」って
なんか、そんな挨拶だったんだよねー。
たいちもそんな感じだよね。

太一朗
うん。ほんと、そうなんですよ。
そこで、一歩踏み出す勇気というか
飛び出す勇気というか、それを持たないとって思いました。
自分が完全にできあがった状態でいくって
ものすごく時間がかかることだと思うんですよね。
それよりも、ボンと飛び出して……

増田
走り出して……

太一朗
そうです。
走りながら考えていくっていう感じでした。
それが、僕ら若い人間がやる意味だなーと。
上の年代の人たちにも、何人も候補がいたんですよ。

増田
それは、どうして太一朗に決まったの?

太一朗
僕はアクアの中でも新人類なんですよね。
シザーズリーグや武道館を経験していない世代。
ちはるさんの世代までは経験しているけど
僕は経験していない。
ここを立ち上げたメンバーは
全員経験していないメンバーなんです。
だからこそ、そういう新人たちのやりたいことを試せ、と。

増田
一緒に働くメンバーを決めるにあたって
面接での基準っていうか
なにを大事にして選んだの?

太一朗
要は覚悟があるかないか、という部分でしょうか。
この場所によせる想いだったり。
その覚悟はみんな一人ひとり違うんですけれど
もうあとがない人間だったり
ここから先に頑張りたい人間だったり。
理由はどうであれ、何かしらの覚悟のある人間だけを集めていこうと
それがこの表参道店のスタートでした。

【その2 心境の変化】

増田
実際にサロンが動き出してからはどうだった?

太一朗
ぶっちゃけ、正直なところを言うと、
「店長の仕事ってコレ!」ということが
わからないまま走っていたんです。
ただ、がむしゃらにお客さんをやって
毎週毎週撮影をやって……
それって本当は、プレイヤーの仕事ですよね。
最初はわからずに
ただひたすらお客さんと撮影をやっていた感じだったんです。

でも、それを毎月毎月、毎日がむしゃらにやっていると
サロンの中で問題がおこるんですよ。
辞めたいと言っているスタッフがいるとか
仕事が辛いと訴えているスタッフがいるとか
どこかで不満を抱えているスタッフがいるとか・・・・・・。

そういうことがあって、
店長として本当に大事なことって
スタッフ一人ひとりをしっかり見つめてあげること
そして、一人ひとりに対して、
「これからこうしていこうか」ということを
アドバイスしながらやっていかなきゃいけないんだなー。
それが、店長なんだなーと思ったわけです。
時間はかかるけど、
みんなと二人三脚でやっているんだから
どんなにお客さんや撮影を頑張ったとしても、
そこをおろそかにしちゃいけない。

そこは、僕自身、
30歳になって、店長になるという転機をむかえて
考えが変わった部分です。

20代って、自分のために頑張ってきたんですよね。
30歳になって、はじめて
自分の人生って、自分のためだけじゃなくなったなという感覚がすごくあって
なんだろう・・・・・・
「背負ったな」っていう感覚かもしれません。

自分のやること、ひとつひとつが、
スタッフだったり、
自分を取り囲む人たちに影響していて
人生すら変えてしまうような
そういう立場になったわけだから。
だからこそ、自分のためにも頑張るんだけど
スタッフのためにも頑張る
それが、20代のときに感じていたモチベーションと違う部分なのかな、と。

増田
以前よりも、ずっと広がりがある考え方だよね。

太一朗
そうですね。
今までずっと「お一人様」的、
自分が一番的だった考えが
自分の満足だけじゃなくて
仕事でもプライベートも
表参道店のチームとして頑張っている人たちと
喜びを共有したいと思うようになったと思います。
同じ釜の飯を食べて、苦楽を共にしている仲間と
一緒に喜びを共有できたら、それって幸せだなーと。

増田
話を聞いていると、
たいちって本当に変わったよね。

太一朗
20代のころって、
すごく悶々としていましたよね。
自信もあるようなないような
そしてもちろん不安もある。
毎日その板ばさみで。
でも、不安になっているだけでは仕方ないから
とにかくやれることだけやろうって思っていました。
いろんな先輩のよいところを真似て
とにかく先輩の仕事を見ていましたね。

増田
出会ったころは、25、26歳くらいだったっけ?

太一朗
そうですね。
まだアシスタントだったころだと思います。

増田
たっちゃん(Tierra三笠さん)や
だっちー(LU DORESS足立さん)と話したときも思ったんだけど
やっぱりポジションが人を作るというか、
たいちも、店長になってから、すごく大人っぽくなった気がする(笑)。

太一朗
前はほんと、お気楽とんぼでしたからねー(笑)。

ゆみさんと仕事をさせてもらうようになったのは
多分、27歳くらいですか。
いつも「も??、たいちはー・・・・・・」
って言われていたから。

増田
それがたいちのキャラだったよね。
ちゃらっとした感じだったよね(笑)。

太一朗
「お前はふわふわしてる」ってよく言われていたんですよね。
男性の先輩たちから。

増田
女のお姉さんがいる中の
末っ子キャラでしょ(笑)

太一朗
5コ離れた姉貴がいるんですけれど
アクアでも、ちはるさんや角さんや
そういうお姉さんたちがいっぱいいて
今振り返ると
本当にいろんな人に支えられたな??と思います。
お姉さんたちや、タカさんや、広江さんや
いい先輩に恵まれました。

【その3 これから】

増田
たいちの、目下の課題は?

太一朗
スタッフの成長というか、スターを生み出したいですよね
そういうお手伝いをしたいと、
特に最近強く思うようになりました。

増田
たいち自身は?

太一朗
やっぱり自分自身もスターになれるようでいたいし、
自分の限界は決めていないですけれど、
この先きっと、自分の進むところが
ある程度、わかるときがくると思うんですよね。
だから、自分を踏み台にして、
自分よりもすごいスターを輩出していきたいと思うし
その子たちのためにも、自分も頑張らないと、って思います。

増田
なんだか御隠居みたいだね。
たいちは、プレイヤーというよりも、監督志向なのかな?

太一朗
うーん。どうでしょう。
性質はプレイヤーとしてのほうがのびのびできるタイプだと思うんです。
お店が盛り上がっていくことを、
プレイヤーとしても楽しめるようでいたいんですよね。
店長ではありますけれど、両方の感覚を持っていたい。
下の子たちにとっても、
尊敬できる人がたくさんいても、
サロンの方向が見えないと
やっぱり不安になっちゃうことってあると思うんですよね。
だからこそ、両方の感覚を持ってやっていきたいんです。

僕自身、美容師の旬って、30代って思っていたんです。
でも、今の僕が一番目指したいのは
美容師の旬の「アンチエイジング」
自分たちの世代は、
それを訴えて、形にできる世代なのかなと
三笠君もそうだし、足立さんもそうだし、サカキもそうだし。

増田
多分、同じことなのかもしれないけれど
私は「アンチエイジング」なんじゃなくて
いい意味でも「エイジング」ができていければいいのかなって思うよ。
若い人にはできないスタイルが
年齢を重ねることでできるようになることって、あるよね。

太一朗
そうですね。
その年代、その年代そのときどきで必ず旬ってあると思う。
業界全体として、「30代が旬だよね」って
思われているところがあるじゃないですか。
まだまだ切り開かれていないと思うんです。
でも、20代ではできない、30代ではできない仕事って
きっとあると思うんですよね。

増田
そうだよね。
例えば、大人の男性のお客様なんて
きっと、若い美容師さんよりも
経験を重ねた美容師さんのほうが
お互い楽しいのかもしれない。
K-twoの越智さんのサロンが、そういうコンセプトですよね。

太一朗
先のことですが、いつか床屋っぽい美容室を
やってみたいなと思うんです。
メンズのお客さんだけでいい。
その世代の人しかわからない話をして(笑)
そういうのやってみたい。
歳とっていけばいくほど
大人の女性に対しては大人の女性にしかわからないことがでてくるように
男の人のことは男のことしかわからないことって
増えてくると思うんですよね。

増田
うん。そうなんだろうね。

太一朗
あと、それはまた違うステージだと思うんですけど
「美容師」と「お客さん」じゃなくて
人生観の話、いかに人生楽しんでいくかというところで
ちゃんと話ができるようにならないといけない。
ただかっこよくなる、快適さを求めるんじゃなくて
これからそういう部分を求められているのかな、と。

増田
さっき、たいちが、うちらの世代は、
「エイジングができる世代」と言ってたけれど
そう思っている根拠は?

太一朗
ひとつは、業界自体、お店自体が
ノーボーダーになっているってことですね。
サロン同士の交流も深まってきているし。
あとはいろいろ先輩たちが残してくれたアイデアをもとに、
また新しい価値観だったり、アイデアをプラスしていける
そんな世代だと思うんです。
いろいろな流れを見てきたからこそできることがある世代。

増田
私たちって、バブルも経験してないし
シザーズリーグも終わったころだったし   
いわゆる「いい想い」をしてない世代だよね。

太一朗
できあがったものにのっかっていないってことなんだと思うんです。
堅実だし、職人肌でリアリストが多いですよね。

増田
これからのたいちは
どうなっていくんだろう?

太一朗
仕事忙しいですけど、
それと同じくらいで思いっきり遊びたいんです。
この間ぶらり仙台いったりしたんですよ。
あとはフジロックいったり。
東京表参道近辺だけじゃなくて、
どんどん遠くにとんでみて
ゆったりした時間の中で自分を見直すのって大事だなーって。

最近すごく思うんですけど
仕事ばっかりしすぎて、美容サイボーグになってるんじゃないかなーと
ひっきりなしに仕事ばかりしていて
面白みのない人間になってるんじゃないか
こんなはずじゃないのにって思っても
日々がそうさせてくれない。
立場がそうさせてくれない。
その反動なのかな。
思いっきり休んだり、朝まで遊んだり。

増田
もう、私たちの年齢になってきたら
インプットとアウトプットのバランスをとっていかないといけないよね。

太一朗
遊びがパワーというか、
遊びでもエネルギーを吸収できると思うんですよ。
人間的な魅力って
そういうところから生まれてくると思う。
もちろんある程度、ちゃんと技術があって
上手いということは大事だし、それはそれでよしとして
それに加えて人間的な魅力がないとなーって。

店長として思ったのが
僕の人間性が、リアルにお店に出るってことなんです。
僕以上でもなく、僕以下でもない。
それがまんまリアルに出るんですよね。
自分の魅力というか、
美容師としてもそうですけど
それ以外の人的な魅力を
ばーんとお店に出したいなって。

増田
今日はありがとう。
なんか、たいちがすっかり大人になっていて
なんだか嬉しいような悲しいような(笑)

太一朗
悲しいんですか(笑)
いや、でも、これからまだまだですよ。
またよろしくお願いします!

増田
こちらこそです

(完)